アドラーの小話『音楽を諦める必要はあるのだろうか』

今日は趣向を変えて、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーのエピソードをお話ししようと思います。
今日のお話はプロのピアノ伴奏者になろうとウィーンの音楽アカデミーを受けた人のアドラーとの思い出です。

アドラーはよく「シラー」というカフェでコーヒーを飲み、沢山の人とお話をしていました。そこにはアドラーの話を聞きに来たり、相談を持ち込んでくる人もいます。

ある日、アドラーはいつも通りカフェ・シラーにいると、一人訪ねてきたんです。
その人はプロのピアノ伴奏者になりたく、音楽アカデミーを受験したんですが、試験に落ちてしまっていました。

アドラーは頬杖をつきながら、その人をじっと見て、話を一通り聞いた後に言いました。

「あなたは失敗したんですね。どうしてもう一回挑戦しないんですか?」と。

その人は「もう遅すぎます。私には収入がないんです。父は、わたしが生産的な仕事をしていないことに、以前からとても腹を立てています。」

音楽はやりたい気持ちがある一方、もうダメだと諦めの気持ちがあったようですね。
それに対してアドラーはこういいました。

「ピアノの先生はどうだろう。伴奏者にも、誰か教えてくれる人が必要でしょ?ねえ、もしプロの演奏家たちが、訓練を受けたことのない素人の聴衆相手にしか演奏できないとしたら、どうんなふうに感じますか?演奏家には、彼らの演奏の芸術性を正しく評価してくれる、音楽を愛し理解しているあなたのような人が必要じゃないでしょうか?」

少し間をとってアドラーはこうも言いました。

「あなた自身の喜びと満足のために努力なさればいいと思います。でも、忘れないでほしいのです。そうしているとき、あなたは同時に、大きな貢献もしているのだということも。」

相談を持ち掛けたその人は、その後ピアノを教える仕事をはじめ、伴奏者はしませんでしたが、それ以来ずっとピアノを弾き続け30年後には作曲を始めたようです。


今回のお話は、アドラーの「勇気づけ」のお話ですね。
たまたまその時の試験がダメだったからといって、すべてを諦めるのはもったいない。
今回の人で言うならば、音楽・ピアノという技術は紛れもないその人の才能の一つです。

収入は確かに得ないと生活できませんが、「持っている力をいかにして使うか」を工夫すれば無理して音楽を諦める必要もありません。

音楽をやりたいならどんな方法でもやったらいいんです。

そして最初の入り口から他人への貢献とも思わなくても、自分のために努力しているだけで、それは同時に他の人や社会への貢献にもなっているというのはとても深い気がします。

だからみなさん、「好きなら、やるべきです」。

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