最強クラスの台風でも出社させたい会社の心理。

明日から明後日にかけて関東は最強クラスの台風がまたもや上陸します。
鉄道会社などの公共交通機関はのきなみ運休の案内を出しているにもかかわらず、中にはまだ通常通り「出社せよ」「営業せよ」という会社やお店があるようです。
人の命をどう思っているのでしょうか。そんな無茶な要求をしてくる社会の心理をみていこうと思います。

まず私の意見を先に述べますと、「自分の身が危ないと思うなら迷わず休む」です。
日本人はまじめなのでこのような台風や災害時でも、なぜか「出社しなきゃ」と思ってしまうらしい。

まずは命を守ってほしい。
自分は大丈夫と思ってほしくない。
そんな保証はどこにもありません。

いくら命令があったとしても、命令した側が正しいとは限らないし、万が一の際に実際に被害を受けるのは自分自身です。
命令をした側が身代わりをしてくれるなんてことはありません。
自分の人生なんだから、そんな非常時まで社会の変なルールに縛られないでほしいと思います。

それにこういった台風や災害時に本当に外に出なきゃいけない人命救助などの救急系のお仕事の方たちやインフラ系のお仕事の方たちもいます。
その方たちの仕事を必要以上に増やす可能性を高めないためにも、不必要な外出、出社を控えてほしいところです。

とはいえそのような無茶な考えが減っていかない状況を、心理学の面から考えてみました。

1.「社会」とはそういうものだから


よく社会で働いていると「世間の常識」といったり「社会のルール」「一般的には」など耳にしませんか?

人間は一人ひとりが全く違う主観の世界で生きています。
あるものを見て派手と感じる人もいれば地味と感じる人もいる。
この世界は、一人ひとりのライフスタイルによってものごとの見方、捉え方、意味づけ、解釈が変わってきます。
自分色の色眼鏡を通して世界を見ているのです。
これをアドラー心理学では「統覚バイアス」といいます。

だからいかにもに聞こえる「世間の常識」って言葉は、実は実体のない雲のような存在なんです。
自分と他人を縛る言葉でしかない
だれが「世間の常識」なんて決めたのでしょうか。
一人ひとりに確認して統計でも取ったのでしょうか。
これはあくまで「個人が自分の中で常識と思っている考え」でしかないんです。
常識やルールというよりは雰囲気といった方がいいかもしれませんね。

「社会とはそういうもの」というよくわからないルールをみんなで作り出し、出社を強要する雰囲気を作り出しているわけです。

なぜこのような雰囲気が出来上がっているのか少し考えてみたんです。
アドラー心理学は症状や行動の「目的」を考えますので、その視点から考えてみました。

考える問題点は、日本の雰囲気が何を目的にそこまで「会社や仕事に執着させるのか」という点です。

これはあくまで私の感じた見解ですから、一意見として感じて頂ければと思いますが、会社や仕事に没頭すれば、自分の人生と向き合わなくて済むんだと思うんです。

もう少し言い方を変えれば、「自分の幸せと向き合わなくて済む。自分の幸福度を直視しなくて済む。」のではないかなと考えています。

日本はとても物や文化に溢れ、とても豊かな国であると思われがちですが、実際に中からまわりを見てみると、「不幸であることが慎ましく、標準的。幸せなんて自分にはもったいない。」みたいな雰囲気があるように思うんですね。

満員電車に無理やり乗り込み、遅くまで残業して、台風の日も災害の時も仕事に行かなければいけない。それは常識だから仕方ないんだ。すごい大変で辛いけどみんなも頑張っているから、自分ももっと頑張らなくてはいけない。

マイナスのベクトルの方にひたすら頑張って、力を入れて、突き進んでいるように感じます。
いつだか何かの記事で読んだのですが、外国人の方の日本人の生活に対しての意見がぐさりと刺さりました。

「日本人は仕事はしているが、生活をしていない」

アドラー心理学では誰しもが人生で直面する課題が3つあると考えます。

・仕事の課題
・交友の課題
・愛の課題

日本人は感情表現があまり得意な民族ではありませんから、このうちの「交友の課題」と「愛の課題」から目を背け、この種の劣等感を不健全な方法で克服すべく会社や仕事に執着することで、補償しているのではないかなと感じます。

これはもう悪循環としか言いようがありません。
自分を受け入れ、幸せになってもいいと心から思えるようにならなければ日本の雰囲気は変わっていかないかもしれない。

2.正常性バイアス


これはよく災害時などに聞く社会心理学での心理学用語です。
「正常性バイアス」の意味としては、

正常性バイアスの「バイアス」は偏見、先入観といった意味です。つまり正常性バイアスとは、多少の異常事態が起こっても、それを正常の範囲内としてとらえ、心を平静に保とうとする働きのことです。

http://www.minamitohoku.or.jp/up/news/newword/normalcybias.htm

引用の通り、どんなに凄い事態になっていても「自分は大丈夫。大したことはないだろう。まさか自分が危ない目には合わない。」と思ってしまう心理状態のことを言います。

これは正しい状況判断を鈍らせることにもつながってしまう事があり、逃げ遅れの原因や、台風や災害時の出社の判断にもつながっていくもといえます。

3.私が出社するんだから、あなたも出社しなさい


同調効果に近いニュアンスもありますが、とにかく自分だけ損をしたくないんです。

自分が出社するんだから、あなたも出社しなさい。
わたしが大変な思いをするんだから、あなたも大変な思いしなさい。
あなただけ家で雨風しのいで不公平だ。

これは公平性の原理と言ったりします。
集団の生活をするうえで、誰か一人が得をしたり、誰か一人が損をするというのは問題になりやすいわけです。そのためなるべく公平に同じ状態になろうとする集団心理です。
これがいわゆる社会の雰囲気や暗黙の了解を作ったりする元凶ともいえるかもしれません。

元凶とは言いましたが、これ自体が悪いとは思いません。
何が問題かって、日本ではこれをネガティブな方面に多く利用している気がする。
出る杭を打ち、幸せになろうとする者の足を引っ張る。みんなで不幸。
幸せな方面でこの公平性の原理を使えば、ずーっとみんなが幸せな方向にしか行かないのに、それを実行する「勇気」がないのかもしれません。

4.まとめ


いかがでしたでしょうか。
最強クラスの台風でも出社させたい会社の心理。

私は一番問題なのは「日本」という子どもの心が癒えていないんだと思うんです。
アドラー心理学では、ある全体の構成物を個々に分析していくようなスタイルはあまりとりません。多少拡大解釈かもしれないけど、そういった立場から考えると、日本の一人ひとりではなく、日本を一人の人間として考えた時、過去の戦争などの体験に自分のライフスタイルをむずび付けているように感じるんです。
そのことで日本という人格が、「交友の課題」や「愛の課題」に向き合おうとしていない、神経症的な状態を作り出している。

これはもはや政治が悪いとか社会が悪いとかではないと思うんです。
一人ひとりが変わらないといけない。
過去の歴史を利用して、今の不幸な自分を作らなくていい。
どんどん幸せになっていいと思いなおしていかないといけません。

そろそろ日本も一人ひとりが自分の人生をしっかり歩み始めることを、楽しく堂々と歩んでいって良い頃ではないかなと思います。

だいぶ話が大きくなってしまいましたが、とにかくみなさん、社会の雰囲気を変えるには頭で知っているだけでは何も変わりません。
行動をしなければいけません。
多分口では「休むべきだ」とか言っている人もたくさんいらっしゃると思う。
勇気をもって休むんだ!
「満員電車なんておかしい」と思っていると思う。
勇気をもって時間帯をずらす!

やることはいたって当たり前と思えるかもしれないし小さい事だと思われるかもしれないけど、実際やってみると世界が変わります。

自分を大切にする。
自分の命を大切にする。

今回の台風の間、少しでいいのでこのことについて考え、できそうなことを実行してみてください。

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